自動運転システム開発におけるCI/CD/CT:安全認証を見据えた技術的アプローチ
自動運転システム開発におけるCI/CD/CT:安全認証を見据えた技術的アプローチ
自動運転システムは、センサー、認識、判断、制御といった多岐にわたるソフトウェアモジュールが連携する複雑なシステムです。これらのソフトウェアは継続的に開発、改善される必要があり、そのプロセスにおいてContinuous Integration (CI)、Continuous Delivery (CD)、Continuous Testing (CT) は極めて重要な役割を果たします。特に、人の安全に直結する自動運転においては、単なる開発効率化に留まらず、厳格な安全要件を満たし、高い信頼性を確保するための技術的基盤としてCI/CD/CTパイプラインが機能する必要があります。
本記事では、自動運転システム開発におけるCI/CD/CTの技術的な課題、その構築要素、そして機能安全規格(ISO 26262)や安全性に関する安全性(SOTIF, Safety Of The Intended Functionality)といった安全認証プロセスとの関連性について深掘りして解説します。
自動運転におけるCI/CD/CTの重要性と技術的課題
一般的なソフトウェア開発におけるCI/CD/CTは、コード変更の早期統合、自動ビルド・テスト、そして頻繁なデプロイメントを通じて、開発サイクルを短縮し、ソフトウェア品質を向上させることを目的としています。自動運転システム開発においてもこれらの利点は同様に追求されますが、システム固有の複雑性、データ量、そして安全性がこれらのプラクティスに特有の技術的課題をもたらします。
主な技術的課題として以下が挙げられます。
- データ量の膨大さと多様性: センサーデータ(LiDAR点群、カメラ画像、レーダー信号)、高精度地図データ、シミュレーションデータなど、扱うデータの種類と量が膨大です。これらのデータを効率的に収集、管理、処理し、CI/CD/CTパイプラインに組み込む必要があります。
- 検証空間の広大さ: 物理世界における運転シナリオは無限に近く、全ての可能性を網羅的にテストすることは不可能です。CI/CD/CTでは、現実世界での走行データや高度なシミュレーション、特定のエッジケースを網羅するテストシナリオを効率的に生成・実行する技術が求められます。
- リアルタイム性と確定性: 車載ソフトウェア、特に判断・制御を担う部分は厳格なリアルタイム要件と確定性が求められます。CI/CD/CTパイプラインによるテストでは、これらの非機能要件も検証できる必要があります。
- ハードウェアとソフトウェアの統合: 自動運転システムは特定の車載ハードウェア上で動作します。CI/CD/CTでは、ソフトウェア単体のテストに加え、ハードウェアとの統合環境でのテスト(HIL, Hardware-in-the-Loopなど)を自動化する必要があります。
- 安全認証への対応: ISO 26262やSOTIFといった安全規格は、開発プロセス全体にわたる厳格な要件を課します。CI/CD/CTパイプラインは、これらの要件を満たすための証跡(テスト結果、変更履歴、検証カバレッジなど)を自動的に生成・管理できる必要があります。
自動運転向けCI/CD/CTパイプラインの技術要素
これらの課題に対応するため、自動運転システム開発におけるCI/CD/CTパイプラインは、以下のような技術要素で構成されます。
1. データパイプラインと管理
- データ収集・ストリーミング: 実世界走行やテストコースからのセンサーデータを効率的に収集し、クラウドまたはオンプレミスのストレージへ転送する技術。
- データキュレーション・選別: 生データから学習、テスト、検証に適したデータセットを選別、フィルタリング、整理する自動化プロセス。特定のシーンやエッジケースを抽出する技術が含まれます。
- データアノテーション: 認識モデルの学習やテストデータとして使用するため、画像や点群にラベル付けを行うプロセス。手動、半自動、自動アノテーション技術の組み合わせが用いられます。アノテーションの品質管理も重要です。
- データバージョン管理: 大量のデータセットに対してバージョン管理を行い、特定のコードバージョンやモデルバージョンがどのデータセットでテスト・検証されたかを追跡可能にする技術。
2. ビルドおよび統合
- 分散ビルドシステム: 大規模なコードベースと多様なターゲットプラットフォーム(車載ECU、開発ワークステーションなど)に対応するため、ビルド時間を短縮する分散ビルド技術。
- 依存関係管理: 多数のライブラリやモジュールの依存関係を適切に管理し、再現可能なビルドを保証する技術。
- 継続的インテグレーション: 開発者がコミットするたびに、コードの自動ビルドと基本的なテスト(静的解析、単体テストなど)を実行し、早期に問題を検出する仕組み。
3. テストおよび検証自動化 (CT)
CTは自動運転のCI/CD/CTパイプラインの中核であり、そのバリエーションは多岐にわたります。
- 単体テスト、結合テスト: 個々のモジュールやコンポーネントの機能を検証するテスト。
- ソフトウェア・イン・ザ・ループ (SIL) テスト: ロジックやアルゴリズムをシミュレーション環境で検証するテスト。車両モデルや環境モデルと連携させます。
- ハードウェア・イン・ザ・ループ (HIL) テスト: 実際のECUやセンサーハードウェアをシミュレーション環境と連携させて検証するテスト。リアルタイム性能やハードウェア統合に関する問題を検出します。
- ビークル・イン・ザ・Loop (VIL) テスト: 実際の車両全体または主要部分をテストベンチ上でシミュレーション環境と連携させて検証するテスト。
- シミュレーションベーステスト: 高度なシミュレーション環境を用いて、多様な運転シナリオやエッジケースを自動的に生成・実行するテスト。モンテカルロ法や強化学習を用いたシナリオ生成技術が研究されています。
- 回帰テスト: 以前発見されたバグが修正され、新たなバグが導入されていないことを確認するためのテストスイートの自動実行。
- 性能テスト、頑健性テスト: システムの処理速度、遅延、および悪天候やセンサー異常などの厳しい条件下での挙動を評価するテスト。
- 安全性テスト: 機能安全要件やSOTIFリスクに基づいた、意図的に危険なシナリオや故障状態を模擬するテスト。
これらのテストはパイプライン内で自動化され、テスト結果(ログ、カバレッジ情報、センサーデータ記録など)は体系的に収集・管理されます。
4. デプロイメントとモニタリング
- 継続的デリバリー/デプロイメント (CD): テストが完了したソフトウェアを、試験車両やフリートに対して自動的にデプロイするプロセス。自動運転では、安全性確保のため段階的なロールアウトやリモートモニタリングとの連携が不可欠です。
- OTA (Over-The-Air) アップデート: ソフトウェアを無線通信経由で車両に配信・更新する技術。セキュリティ、信頼性、そして部分的なアップデートやロールバック機能が重要です。(参考:自動運転タクシーの進化を支えるOTAアップデート:仕組みと安全な実装)
- フリートモニタリング: デプロイされたソフトウェアの動作状況、エラー、異常検知情報をリアルタイムに監視するシステム。収集されたデータは、新たなテストシナリオの生成やソフトウェア改善のための重要なフィードバックとなります。(参考:自動運転タクシー運行中のリアルタイム異常検知・診断技術)
安全認証との連携:CI/CD/CTが果たす役割
ISO 26262やSOTIFといった安全規格への準拠は、自動運転システムの実用化における必須条件です。CI/CD/CTパイプラインは、これらの認証プロセスにおいて極めて重要な役割を果たします。
- プロセスの体系化と追跡可能性: 安全規格は開発プロセスの体系化を要求します。CI/CD/CTパイプラインは、要求定義から設計、実装、テスト、検証、デプロイに至る各フェーズでの作業を自動化・記録することで、プロセスの追跡可能性を確保し、監査に必要な証跡を生成します。
- 体系的な検証の自動化: ISO 26262は、開発されたソフトウェアが安全要件を満たしていることを体系的に検証することを要求します。CI/CD/CTパイプラインに統合された多様な自動テスト(単体、結合、システム、シミュレーション、HIL/SILなど)は、この検証プロセスを効率的かつ網羅的に実行するための基盤となります。テストカバレッジの自動計測も重要な要素です。
- 変更管理と影響評価: 安全に関わるソフトウェアの変更は厳格に管理され、その影響が評価される必要があります。CIパイプラインは、変更が加えられた際に自動的にテストを実行することで、変更が既存の機能や安全性に与える影響を早期に検出します。
- SOTIFへの対応: SOTIFは、意図された機能の限界や予見可能な誤用によって引き起こされる危険性に対処します。CI/CD/CTパイプラインにおけるシミュレーションベーステストや実世界データからのエッジケース抽出は、SOTIFで要求される不合理な動作シナリオの網羅的な検証に不可欠です。特に、データ駆動型のテストシナリオ生成や、AIモデルの頑健性を評価するためのテスト技術が重要になります。
CI/CD/CTパイプライン自体も、ツール認定や開発環境の適格性確認といった形で安全規格の対象となり得ます。パイプラインが信頼性高く、意図した通りに動作することを確認するための検証も必要です。
まとめと今後の展望
自動運転システム開発におけるCI/CD/CTは、単に開発速度を向上させるためのツールではなく、システムの安全性と信頼性を体系的に確保するための技術的基盤です。膨大なデータ、複雑な検証空間、厳格な安全要件といった課題に対し、データパイプライン、多様な自動テスト、そして安全認証プロセスとの密接な連携が鍵となります。
今後の展望としては、AIを活用したテストシナリオの自動生成・最適化、より高忠実度かつスケーラブルなシミュレーション環境の進化、そして実世界走行データとシミュレーション結果の自動的な比較・分析によるフィードバックループの強化が期待されます。また、サイバーセキュリティ対策のCI/CD/CTパイプラインへの統合もますます重要になるでしょう。
自動運転ソフトウェアの進化は、高度に自動化された、安全認証を見据えた堅牢なCI/CD/CTパイプラインによって支えられています。これは、技術トレンドを追跡するエンジニアにとって、自動運転技術の深部に触れる興味深い領域と言えるでしょう。